好きなものが立て続けに終わってしまった回

今週、好きなものが立て続けに2つ終わってしまい、自分の中である程度区切りがついてしまったので振り返りということで自分語りの記事を書いていきます。ちなみにどちらもオタク・コンテンツです。

エヴァンゲリオンシリーズ

で、出た〜wエヴァのオタク〜w
エヴァのオタクです。どうも。3月8日に新劇場版シリーズの「シン・エヴァンゲリオン劇場版」が公開され、映像作品としては再び終劇を迎えたエヴァンゲリオン
かれこれ今に至るまで10年もファンであり続けたので、この機会に振り返ってみます。

2009年7月3日、ヱヴァンゲリオン新劇場版:序のテレビ放送がありました。どういう経緯で観ることにしたのか覚えてませんが、元々インターネットで波乗りをしていたので否応無しに目に入ってきていたものが気になったから観たんじゃないかなと思います。
これが面白かった。まだまだアニメのオタクとしては序の口レベルで深夜アニメすらロクに観ていない生まれたてのオタクがこれを観てしまったのです。
ロボットアニメにも興味がなかったくらいだったので、エヴァの人造人間という設定に燃えたのを覚えています。
特に対第6の使徒戦のヤシマ作戦のシーンはこんな激アツなアニメがあるのかと驚きました。ただ、ふと思って観ただけなので設定なんか何も分からず、放送終了後に調べられる限りエヴァについて検索した記憶があります。

序のテレビ放送翌日は地元で祭があり、屋台の手伝いをしていた地元のチャンネーとエヴァの話で軽く盛り上がりました。チャンネーは元々エヴァのオタクらしく、使徒はみんな生物なんだよとかの設定を事細かに教えてくれました。あんな複雑な動きをする正八面体が生物だなんて!と衝撃を受けた当時のワシ。そりゃもうそのままエヴァのオタクになっちゃいますよ。

同じくエヴァに触れ始めた友人と破を観に行かないかと話しましたが、結局お流れになってしまい、破もテレビ放送を待つことになりました。

破の放送は2011年8月26日。あれ、思ったより最近ですね。ともかく、この頃には既にガチのキモオタになっていたので、放送をワクワクして待っていました。
そんで真希波・マリ・イラストリアスにやられてしまったワケです。オタクは眼鏡っ娘がニーソ履いてれば落ちる。

レンタルだかでテレビ版と旧劇場版を全て観て、コミックも読み進めていたくらいエヴァにはドハマリしちゃいました。サントラやテレビ版の設定資料集も買い漁りました。

2012年11月17日はQの公開日でしたが、友人と観に行く予定だったのを寝坊して行き損ねてしまいました。悲しいなぁ。
ニコニコ動画がQの公開を記念してテレビ版を全話配信をしていたので、それをしっかり追ってました。楽しかったな。

ともあれ、Qも後にレンタルで観ました。

エヴァ好きの友人とは「次のヱヴァは絶対観に行くぞ!」と学校で誓い合いました。次こそは観に行きたい。

後に「シン・エヴァンゲリオン劇場版」とタイトルが決まった完結編。今まで新劇は「ヱヴァンゲリヲン」表記だったので、最後の最後で元に戻ったのが激アツすぎて公開を今か今かと待ったのが楽しかったです。8年以上も待たされるとはいざ知らず。

この8年間はとにかくテレビ版と旧劇場版を見返し、コミックも完結を見届け、2014年12月の新宿ミラノ座閉館イベントでの旧劇の上映などにも足を運びました。あの作品をスクリーンで観れる体験をできたのは非常によかったです。「気持ち悪い」で終わるのが本当に気持ち悪かった。

エヴァが特撮を元ネタにしていることもあり、元ネタと思われる作品はほとんど観ました。特撮博物館も行ったな。
「これを観ないことにはエヴァは分からんだろうな」と、庵野秀明監督作品もほとんど視聴。結果として「ふしぎの海のナディア」「トップをねらえ!」等のオタクにもなっちゃいました。

そして先日公開の「シン・エヴァンゲリオン劇場版」。Qから8年も待たされたので、今回ばかりは絶対初日に行って全てを終わらせたると10時20分の回を高校の友人らと観劇。

観る前は「終わったあとは話盛り上がるだろうな!」とか言ってたくせに、劇場を出て喫茶店に入ったところで何も話が出てこず、新しいエヴァを観れた喜びよりも、とうとう全てが終わってしまったという虚無感と庵野秀明やってくれたなオイという気持ちが渦巻いてきて声が出ませんでした。
旧劇を公開当時に劇場で観た人も同じ感想だったんだろうな。

ヤベェものを観てしまったなぁと思いながら、頭の中で整理がつかぬまま午後にもう一回観劇。こちらは以前エヴァを観に行くぞと約束した友人と行きました。8年前の約束を守って公開初日に観に行ったのエモすぎるな。

結局公開初日と2日目で3回観に行ったシン・エヴァ

10年間楽しませてくれた作品の完結を見届けるというのはなかなか心にくるものがありました。

エヴァ関連エピソードはまだまだありますが、結構端折って書いたらなんかにっちもさっちも行かない文章になっちゃいました。文章書くの上手くなりてぇな。

てなわけでこれが終わってしまったものの1つ目。

御伽原江良

御伽原江良、知ってますか?にじさんじに所属していた、YouTubeでの配信業を主としていたバーチャルライバーです。所属していました。3月10日まで。

御伽原江良との出会いは2019年3月8日。新ライバーがデビューするというにじさんじ公式のツイートが目に留まり、先にデビューしていた童田明治と同じママということでちょっと気になるライバーでした。
いままでにじさんじというかVtuber自体あまり追ってなかった(せいぜい月ノ美兎くらい)ので、たまには新しい子も観てみるか、と同10日の初配信を観たのです。
お、月ノ美兎とはまた違うタイプの清楚路線かな?と期待したのも束の間、「知ってましたか?シャンプーって飲み物じゃないんですよ」だの「私ロリコンで」だの、かわいい見た目からわけのわからんパンチラインが飛び出してきて、内心刺激を求めたいたと思う俺はたちまち御伽原江良の虜になってしまいました。江良ちゃんかわいいなぁ。

「おとぎばら」から「ギバラ」という愛称をつけられ、その独特の配信スタイルで着実に人気を伸ばしていった御伽原江良。
同じママを持ついわゆる童話組の3人での配信ではとあるやらかしをしてアーカイブが消えたり、GTA配信では急に地声で配信しだして視聴者をふるいにかけたりと、設定順守のロールプレイを好む視聴者は嫌だろうなと思う行いをしていましたが、これが自分には面白くてしょうがなかったので、気づいたらいわゆる「推し」という存在になっていました。コンテンツとして好き、人として好き、そんな立ち位置になったわけです。自分の中では。

同年4月にはメンバーシップを開始し、今までVtuberにはあまり金をかけていなかった俺もすぐに加入しました。

2019年内はゲームの耐久をよくやっており、何も考えずに観るには最適な配信を提供し続けていました。スプラとかカプヘとか観てて楽しかった。

12月には両国国技館にじさんじのライブがあり、江良ちゃんが3Dで出演するということでこりゃ行くっきゃねえと応募、見事当選したので現地でウリャオイしに行きました。ずっとLive2Dの体だった江良ちゃんが3Dモデルで動いてるのを目の当たりにした時はえらく感激しちゃいました。好きな人の晴れ姿っていいよな。

私事ですが、2019年当時は大学の研究でてんやわんやしていてガチ鬱一歩手前一寸先は闇みたいな状態になっていたので、江良ちゃんの配信がめちゃくちゃ助けになっていました。春あたりにあった相談配信みたいなやつを繰り返し聞いていたくらいは助けてもらってました。江良ちゃんに会ってなかったから俺どうなってたんだろう。

2020年に入ると配信頻度が減り、メンバー限定配信に籠るようになった江良ちゃん。その知名度とファンの数もあって、表で配信しないことに対してある事ない事言われたりもしていましたが、メンバーとして応援してくれている人には元気な姿を見せてくれて、こっちも元気をもらったものです。深夜を中心によく長時間雑談したりゲームしたりしてました。

他のライバーが出しているオタク向けのボイスも滅多に出さず、再販される時は断っていたくらいボイスを嫌がっていたのも他のライバーとのギャップを感じられて面白かったです。

設定上はシンデレラで、お掃除や裁縫が大好きで王子様の迎えを待っている!みたいな人のはずなのに、当の本人があまりにも真逆の人だったのも観ていて面白かった点でした。ただの日常の話でも面白く、話し方というか話のまとめ方が上手いんだなぁとよく思ったものです。

配信が減った代わりに、森中花咲とユニットを組んで毎週ラジオをしたり、声優との番組も持ったりと、にじさんじの顔と言っても差し支えない活躍をしていた御伽原江良。

この楽しい日々もいつかは終わるんだろうなと思いながらも、江良ちゃんならまだ安泰かな〜と思っていた矢先の事です。引退を表明しました。

もうぐるぐる目です。え、引退ってどういうこっちゃよ。今まで通りやってきてたやんか。まぁでも思い返してみると、あれほど嫌がっていたボイスを急に発売したのが伏線だったんでしょうね。

先日の3月10日、丁度デビュー2周年の節目の日に、彼女は引退しました。表での配信のあと最後のメンバー限定配信を行い、23時59分に配信を終了。シンデレラの魔法が解ける0時を前に、インターネットの世界から姿を消したのです。

エラい喪失感。2年間好きで居続けた人が引退してしまうってのはこんなにも悲しいもんなんだな。

フォロワーには「なゆほが抜け殻になっててこっちまで悲しくなっちゃった」だの「何とは言わんが救われてほしい」だの「虚無を抱えていてかわいそう」だの、他人から見ても分かるくらいヘコんでいたみたいです。いや今も絶賛ヘコんでるんですけど。

推しは推せる時に推せとはよく言いますが、本当にそうですね。色々書ききれない部分もありますが、オタクとしての軸をあまり持たないちゃらんぽらんな俺が本気で追うと決めた人がいなくなってしまったわけで、サブの軸とかを持たない自分には今後どうしたらいいのか分からないです。最近ウマ娘を始めたので完全な虚無には至らず済みましたが、危ういところでした。


この2年間楽しませてくれて本当にありがとうございました。お疲れ様です。


というわけで、心の支えを2つ失ったオタクの自分語りでした。長い人生なのでまたのめり込めるくらいのコンテンツに出会うとは思いますが、ひとまずは一段落です。

マジで今後どうしたらいいんだろう。

文字だけ非常口

古いものが好きなわたくし。そんな中、最近気になっている古いものに「文字だけ非常口」と呼ばれるものがあります。

非常口の場所を表すあのピクトグラム、あらゆる場所で目にするので大して気にならない存在なんですが、たまに古い建物に行くとピクトグラムが無いものが設置してあることがあります。

1982年以降は非常口の位置を分かりやすくするためにピクトグラムが制定されましたが、それ以前は文字だけの案内でした。やっぱりこれのマニアもいるようで、専門のホームページもあります。なかなか奥が深いみたいです。

私は特に詳しくないので説明ができませんが、とりあえず今まで撮ってきたものを載せていこうと思います。大まかに分けてゴシック体と明朝体のものがあります。

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地元の居酒屋にて。うーん、古そう。

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熱海市にて。これは比較的目にする印象があります。

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亀山市にて。これは「非常出口」のタイプ。よく分かりませんが、古そう。

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こちらは方向案内のもの。

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並ぶと壮観ですね。

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今は無き、調布駅南口にあった喫茶店「シュベール」のレジ横にあったもの。正面から撮っておくべきだったな〜。

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シュベールを出たすぐの頭上にあったもの。同じ建物なのにタイプが異なるのはどういう事なんでしょう?設置できるスペースの問題があるのは分かるのですが。

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豊島区にて。両側矢印のものです。

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別府市別府タワーにて。かなり古そう。

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熱海市の喫茶店にて。ちょっち文字が細いですね。

案外ポコポコ見つかるものでもないので、これで撮影できてる分は全てです。今後も探してみようと思います。

井の頭線沿いを歩く

こんにちは。

皆さんは徒歩という行為をやった事はありますか?自分の足を使って移動する事を日本ではそう呼ぶみたいです。

今回は、先日なんとなく井の頭線沿いを歩いたバカの記録をお送りいたします。

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11時44分。吉祥寺駅からスタート。ここから渋谷を目指していきます。

とりあえずあまり地図を見ないで直感で渋谷の波動を感じる方向に向かって歩きます。

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11時56分。井の頭公園を抜けるとすぐに井の頭公園駅に着きます。駅間が短い井の頭線、通る道にもよりますが1駅は10分前後で移動できました。

次の三鷹台駅には12時8分着。

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む、レトロちっくな理容室。

12時27分に久我山駅を通過すると、富士見ヶ丘駅まで神田川沿いを歩いていきます。

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10年前、3000系が現役だった頃はよく撮影しに通ってました。懐かしいな。

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途中、やまげん氏に「一杯どう?」と誘われたので昼から飲酒をしました。

途中休憩を挟んで、明大前駅には15時26分着。

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みんな大好き山手急行電鉄の遺構。複々線の用地を確保したのは分かりますが、前後を構造物に挟まれているので本当に山手急行が開通していたらどんな感じで線路が敷かれていたのかいまいち想像がつきません。

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高架化工事でオシャンティーな駅になってしまう明大前。あまり注目されてはないのですが、今では珍しくなった白く四角いデザインをした京王に多く見られた駅舎が残っています。

昔は調布やつつじヶ丘、高幡不動桜上水や永福町も似た駅舎をしていました。

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東松原へ向かう途中の踏切脇で見かけたコアラのアイツ。旧社名「京王帝都電鉄」が堂々書かれていますが、今でもそこそこ残っていますね。

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新代田の手前、掘割の上で見かけた道路の中心に鎮座する木。曰くでもあるのかと思えばそんな感じもしないので、どうして残されてるのか気になります。

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道中特に面白いこともないのでスッ飛ばして神泉駅。気づけば16時56分。

トンネル横のここが今でも昭和っぽくて好きです。

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というわけで17時9分に渋谷駅着。

井の頭線はいつも乗っているだけなので、沿線はどんな感じなんだろうと思って歩いてきたのですが、都内でも開通が遅かった地上線鉄道なだけあってかなり近代的に作られてる路線なんだなと感じました。

たぶんもう二度とやりません。

プラレールのファンサイトが消えていっている問題

ブログやSNSが台頭してくる以前、まだまだ個人サイトが旺盛だった頃にプラレールのファンサイトを巡っていた世代であるワシ。

時の流れによって多くのサイトが潰れていくのを見てきました。サーバーが死んでいくわけです。

最近お世話になっている茶さんのページも先月末で無くなってしまいました。

chachacha表紙

幸いアーカイブがあったのでまだ閲覧は可能ですが、なんか寂しいもんです。


無くなったという報告を茶さんに「ほら、消えてるんですよ」って電車内でスマホを見せて教えることになるとは、子供の頃の自分に教えたらなんて思うでしょうか。

【プラレール】片側架線の違い

架線柱のうち、柱1本で架線を支える片持ちの架線柱のことをプラレールでは「片側架線」と呼んでいました。というのも昔の話で、今では単なる「架線柱」と呼ばれています。


そんな片側架線ですが、1983年の登場以来ほとんど形を変えていません。ただし、よく見てみると初期の製品と現行の製品で少し異なった箇所が見られます。

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右が1983年製、左が2018年製です。成形色が違うのは「それはそう」案件なので、ここでは差異としては扱いません。注目するのは支柱の下部です。

形状が異なるのが分かりますね。現行品は太く改良されています。

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初期の片側架線は「高架橋はしげた」と「(初代)ブロック橋げた」「(初代)ミニ橋脚」「(初代)坂カーブレール」に対応しており、円形の穴が成形されているのが確認できます。

この穴、現行の片側架線は入らない直径になっています。現行品のブロック橋げたの穴は少し太い直径の六角形にされており、架線柱もそれに伴って太くされているのです。

安定性や固定性を考えての改良だと思いますが、注意深く見ていないと気づかないところです。中古で集めた架線柱と橋脚がな〜んか合わねェなと思ったら確認してみましょう。

そんだけです。

うつのみゃあ

とある予定が緊急事態宣言の影響でおポシャりになり、暇と化してしまった1月11日。三重県民なのに東京に住んでるというだけで帰れなくなるんですから、困ったものです。

さてそんなド暇な日と化すはずだった11日ですが、同じく予定がおポシャりになられた寅さんから「宇都宮でチャリ漕がない?漕ぐよね?じゃ籠原の駅前に来てね」と連絡があり、ひっくり返りそうになりながら快速アーバンでドンブラコ。

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こんな表示が見られるんですねぇ。

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いま流行りの感染症対策w

寅さんがそーなんを連れて迎えに来たので車に乗り込み、一路宇都宮へ。

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北関東にはサッパリ縁がないもんで、今回初めて来ました。

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餃子、水餃子、のりたまというわけでございまして...

餃子をシバいたので駅前でチャリを借ります。

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放置自転車を再利用しているというレンタサイクル。最初は東京で見る赤いアイツを想像していましたが、こういうのもアリなんだなと。

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京葉線だ!何してんだい顔色悪くしちゃって!

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宇都宮でチャリ借りて何すんねんと言うと、宇都宮LRTのルートを辿るという往復役20kmのサイクリング。ママチャリでサイクリングも乙なもんです。ほんとに乙か?

寅さんのガイドに従って進んでいきます。

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道路に沿ってせっせと漕いでると橋脚が出現!道路を外れて専用軌道に入る箇所です。

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先行着工区間らしく、かなり急ピッチで工事が進んでいますが、この反対側は田んぼそのまま。予定通り開業できるんでしょうかねぇ?

[追記]なんてことを言ったこの記事の投稿日当日に開業延期が発表されてしまいました。あらら。

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県道を潜った先。まるで何もないです。ここに軌道が通るなんて想像がつきませんね。

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軌道予定地をギコギコと進んでいくとまたまた橋脚が出現。鬼怒川を横断するために橋梁を建設しているところです。

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真新しい橋が出来つつあります。架橋の様子なんてなかなか見る機会もないので新鮮です。

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対岸に渡ると橋はブツ切りになってました。サイクリングコースの真上にまで伸びているのでまじまじと観察できます。

空洞が見えますが、ここにケーブル類を通すんでしょうかね?

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既に完成しているアプローチと建設中の橋脚。この橋脚から前後に伸ばしていくようです。

ここらは専用軌道なのでそのまま辿ることができず、どの道を通るべきかと相談しながら予定線に近づいたり遠ざかったり。

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鬼怒川を渡りきった先の掘割となるところ。随分ゴチャゴチャとした区間を通るみたいですね、このLRT。道路を走ったかと思えば高架を通り、すぐに道路を潜って川を横断し、そのまま掘割へ突入と。

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既に停留所が出来ているところもありました。開業後のイメージが湧いてきますね!

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工業団地に入り、カルビーやデュポンを横目に通る宇都宮LRT。ここでは交差点上を曲がるみたいですが、まだ着工されておらず。

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ムム!住友ベークライトの隣に線路が敷設されているではありませんか!ちょいとテンションが上がる一同。

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さらに進んで行くと立派な停留場ホームが見えてきました。

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まだ線路が敷かれていない路盤を見た寅さん「プラレールじゃん」

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工業団地を抜けたところで線路が終了。この先の芳賀方面はまだ造成中です。

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奥のオレンジの機械から先は全く着工されていないので、辿るのもここまでとして宇都宮駅に引き返すことに。それにしても寒いです。

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チャリを返した後、某所にいた五号機が帰ってきているというので呼び出し。久々にオタククレスタを拝むことができました。

最後は某オートパーラーでうどんを頂きながら、これまたちょうど旅先から帰ってきていた名誉会長さんを交えてしばし談笑。本来の予定が無くなったための代替でしたが、かなり楽しかったです。あぁ脚が痛い。

ちなみに某オートパーラー、ゲーセン区画は喫煙可能でほとんどの台に灰皿があるのに、すぐ隣の一切の仕切りもなしに設置してある飲食スペースは禁煙だそう。飲食できるところでは禁煙!法があるのは存じていますが、なんか腑に落ちないシステムです。強制力がない条例や法って解釈に委ねられるんですねw

例のガレージキット

例の玩具の愛好者には「製品に無い車両は作る」というムーブがあるのは、以前[禁則事項です]の記事でも述べた通り。

産んで増やすにも基本的には仲間内でしか出回らないので、詳細を知らない者の目に留まると「なんだこれは!(岡本太郎)」となりがち。

とまぁ、その例のやつのうちの一つでかなり昔に少量生産された例のやつをを紹介いたします。

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例のやつ、80系のガレージキットです。

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30セットくらいしか作られていないようですが、どういうわけか手元にあります。サフを吹かれた個体です。

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東海型急行電車の車体をベースに作られているので、台車はもちろん東海型対応。

中間車の窓サッシを切り落としてこのセットを塗装しちゃえばアラ不思議80系の完成という、お手軽なガレージキットです。

完成した状態を見てみたいものですが、たぶんずっとこのままなんでしょうな...

【プラレール】EC01 ひかり号

EC箱。それは1978年から87年頃まで単品用の箱、その通称です。

EC箱が登場する前の電車箱時代の1977年には青い鼻の0系である「ニューひかり号」が発売されました。

nayuho.hatenablog.jp

↑詳しい事はここで。

「ニューひかり号」は1979年頃に絶版、入れ替わりに「ライト付ひかり号」が発売されました。

と、こうまとめてみると「間の1978年にEC箱のニューひかり号があるのでは?」と推測が立つのですが、どういうわけか全く発見されず。

ただ情報はあるわけでして、例えばプラレール博物館さんのEC箱のページには

フィギュア王15号のプラレールの記事の中で、01がニューひかり号(ライト無し)であるとの記述があり

と書かれていたり

茶さんのホームページのリストにも

ニューひかり号|EC01|連結器カバー「青」

とあるのです。じゃああるでしょ、という事なんですが、結論から言うとありました。見つかりました。

ちなみにフィギュア王15号を入手してプラレールに関する記述が無いか探してみたのですが見当たりませんでした。他の号にあるのかも?

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これが長らく発見されてこなかったEC付番のトップナンバー「EC01 ひかり号」です。そう、単なる「ひかり号」なのです。

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凄いぞ!EC01は本当にあったんだ!

以前のニューひかり号の記事では「電車箱の専用箱が無くなったと同時に『ニュー』をつけて旧ひかり号と区別したのでは?」との仮説を立てましたが、立証できませんでした。

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中身はライトが窪んだタイプの青鼻です。「動力車は、反対側に入っています」と親切な注意書き。

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箱の裏面。

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箱が著しく損傷しているのが残念ですが、G-nn付番と片方の蓋が綺麗に残っていたのでホッとしてます。これらが無いと製造年もEC付番も結局不明なままで終わってしまっていました。

てなわけで、EC01はあったよ!というお話でした。