京都と大阪に行った回

3月18日から21日まで今年二度目の帰省。実家でゴロゴロしているのもの良いんですが、三重からさほどアクセスが悪くないということもあり毎年京都や大阪に出かけています。というわけで、20日に京都大阪へ出向くことにしました。

関西線の亀山駅から6時40分発の加茂行きに乗車。草津線で京都方面に向かうので乗り換え駅の柘植まで行きます。

しばらくは晴れていたのですが、加太を超えたあたりから急激に車窓が真っ白になりました。標高が高いところを走るので、付近の山に雲がかかっているのはあまり珍しくありません。とは言えやけに白い空間から抜けないので、もしかしてと思いツイッターで「霧」と検索してみるとこちらのツイートがヒット。

一向に晴れる気配のない霧の中を進み、柘植に到着。降りてみるとこんな景色が広がっていました。

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視界は広がってないので景色が狭まっていましたという方が妥当でしょうか(?)

霧の奥からやってきた京都行きの電車に乗り込みます。

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貴生川あたりまでこんな感じでした。

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このまま京都まで乗ろうと思っていたのですが、先日「中二病でも恋がしたい!」の映画を観て聖地巡礼をする機運が高まったので石山で下車。駅前の写真を1枚だけ撮って浜大津烏丸御池を経由して京都へ。

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イェア。

このタイミングで撮っておきたいものと行きたい場所が出てきたので、ひとまず京都をスルーして大阪へ向かいます。

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行きたかった場所はここ、阪急梅田駅の京都線ホーム側にある「りら梅田駅三槐店」。今月27日に閉店するとのことでなので記念に。オムライスとコーヒーのセットを頂きました。

ひっきりなしに入ってくる阪急電車を眺めながら食べる昼は中々良いもの。利用客の多さに反して店内は閑散としていました。

インスタ人間の真似をしてこんな写真を撮ってみましたが、スプーンは出しておくべきでしたね。見栄えを考慮しないオタクくんなところ出ちゃったねぇ〜。

しばらくくつろいだので神崎川駅へ。

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最近話題の8000系トップナンバーを狙いました。三宮方で良い写真が撮れると聞いたので来たのですが、当たり前のように先客がいたので梅田方で撮影。神崎川来る意味あったか?

十三で8000Fの折り返しを撮ってから、先日開業したおおさか東線の新線区間に乗るために淡路へ。

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いつになったら完成するんだ連続立体交差事業。

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JR淡路。これから再開発が始まるんでしょう。駅前は広く整備されていました。

さて新線の電車に乗車と参りますが、やってきたのは201系。大阪環状線から追い出されたと思えば緑色を纏ってこっちに投げ込まれたみたいです。

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城北公園通駅で下車。駅を出てすぐにあるガード下に見たいものがあったのでやって来ました。

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これです。「皆で万国博を成功させましょう」と書かれた標語。1969年頃のものと推測されます。文字そのものは消されていますが、よく今まで一面塗りつぶされずに残っていたなと思います。上の「午后」という表記も良いですね。エモーション。

2025年の大阪万博が決まった事ですし、再利用されたらいいなと思う反面このままずっと残しておいてほしい気持ちもあります。

何枚か写真を撮ったので、新大阪を経由して京都に戻ります。

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嵯峨野線の新駅「梅小路京都西駅」にやってきました。最寄りの京都鉄道博物館が休館日だったせいか、利用客はそこそこという感じ。それにしても嵯峨野線ってエラく混みますね。嵐山に向かうであろう客で鮨詰めでした。

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再び京都駅。数を減らした奈良線103系をお目当てに来てみたらあまり待つ事もなく入線。城陽行きですがこの車両だけ幕が故障しているみたいで「普通」表示。側面は白幕になっていました。

16時前とかいう京都をフラつくにも微妙な時間になってしまったので、何度も使っているわりには駅そのものはあまり知らないなと思い京都駅をフラつく事に。

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ミスドを見つけたので軽く腹ごしらえをして、伊勢丹を覗いたり空中径路を歩いたりして駅舎端から1枚。こう見るとものすごい建物ですね。散歩してみる価値ありです。

19時台に出る柘植行きに乗るまで適当にウロついたり何か食ったりボケッとしたり、短い時間ながらも京都駅を満喫しました。


実は京都に行く理由が一貫して「中学の修学旅行が物足りなかったから」なワタクシ、来るたびに有名な場所からニッチな場所まで足を伸ばしていますが、次回あたりは修学旅行で行かなかった寺院や神社に行こうかなと思ってます。

【プラレール】D51きしゃ(青D51)

一度ある事は二度あるとはよく言ったもので、青D51の2編成目を入手しました。と言っても半年以上前の話になるんですが。

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しかも箱付きです。もちろん上下箱。3両目の貨車(カーコンテナ車といいます)にあるはずのミニカーはまたも欠品。

さてこの"D51きしゃ"、公式には...というか通説では1973年発売同年販売終了のレアモノなのですが、最近読み漁ったいくつかの書籍では1970年発売だったり1971年発売だったりと一定ではない事に気付きました。

そしてこの箱には既存の書籍やウェブサイトで公開されている同一箱とは違い、日本玩具協会のSTマークが印刷されていません。これはつまり、プラレールが玩具安全基準を満たす前に発売された商品だという事を意味します。

プラレールがいつまでに玩具安全基準に合格したのかという資料が見当たらないのですが、STマーク付きの同箱が存在している事から1970〜73年の間である事は間違いないでしょう。

で、何が言いたいかと言うと「発売は1970年頃で思ってたより流通期間が長かった」というだけ。ちなみに1970年のカタログには正にこの青D51がラインナップとして載っているので、同年発売で確定かと思われます。

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この個体は前面側面共にナンバープレートが残っていて綺麗な状態を保っています。

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青いなぁ...

ブログのイメージが定まらないので

3月ですね。ゴニョゴニョな日々が幕を開けたわけですが、上手くいってほしいものです。察してください。

「オタクの雑記」とかいうなんの捻りもない名前でブログを始めて2年、自分の壊滅的なセンスを打開しようと地味な試行錯誤を練っていたのですがどれもパッとせず、そんならもう副題付けてヘッダー画像作って変えてちょっと見た目だけでも変えようかと。

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パーラー フルール という名前を付ける事にしました。「パーラー」は喫茶店が好きなところから、「フルール」はこういう名前の喫茶店ありそうだなという勝手なイメージから付けました。フランス語で花を意味する言葉ですが、ここに於いてはあまり意味がありません。「オタクの雑記」の部分が雑なので後でどうにかします。暫定的な処置です。


左右の余白が目立つのは仕方ないのでしばらくはこのままで。


あとこれを機にガッバガバだったスマホ向けデザインも設定しました。以上。

渋谷区桜丘口地区第一種市街地再開発事業 着工前(2018/12/15)

こんにちは。最近あまりアニメを観ていなかったのですが、年明けになんとなくゾンビランドサガを観てみたら普通に面白くてハマってしまいました。本放送を観ていたら毎週大暴れしていたかもしれません。
そして相変わらず月ノ美兎も好きです。


閑話休題


エヴァっぽくマティスEBで書くとかっこよくなりそうなタイトルの記事となります。

渋谷駅近くの桜丘町という地区が、街丸ごと再開発に召されるという事で昨年の12月15日にちょろっと撮影しに行ってきました。2019年2月現在では既に立ち入る事の出来ない場所で撮った写真なのであしからず。

写真が多い分長い記事となりますが、宜しければどうぞ。


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やってきたは目紛しく変貌を遂げる渋谷。その恵比寿寄りに山手線に隣接する形で桜丘地区があります。というかありました。

青山通りに面する桜丘の入り口の一つ。この写真ではまだ生きた街のように見えますが、よく見るとビル入り口が封鎖されていたりベニヤ板で店舗の窓が塞がれているのが見受けられます。

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再開発に伴う店舗退去を知らせる看板。

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店舗やオフィスは上の写真の通り2018年秋までにごっそりと撤退。11・12月の間はほぼ放置状態でした。

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廃墟と化した街ですが道路はまだ現役。車と通行人が行き来しますが、近道になるというわけでもないのか、まばらです。

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"10/28 LAST PARTY"と書かれたバーの入り口。当日は賑わったことでしょう。

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何かしらの店から運び出されて放置状態にあった機材。

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誰もいない道。これでも土曜日昼間の渋谷駅付近です。

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山手線の線路沿いに出ました。この道、散歩で何度か通った記憶があります。

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派手な落書きも街の一部です。だからと言って落書きしていいわけではありませんが。

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消えゆく街と消えゆく電車。山手線のE231系と言えばバリバリの新車なイメージだったんですが、新車E235系へ置き換えが進んでいます。

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解体されるビルに映り込む真新しいビル。

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写真右手のビル群が再開発の対象地区です。

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道路廃止のお知らせが立つY字路。地形も好きなオタクなのでこういう道路を見つけるとニヤけてしまいます。

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「桜丘」の名の通り、丘にある街です。上の写真の右側の道を上がった先から撮った写真。

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ヤマハエレクトーンシティ」というスタジオ兼ライブ会場だった建物。一足早く2018年2月時点で空き物件になっていたそうです。

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古そうな民家。「遠州屋」という屋号から見るに民家というより旅館だったのかも。

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再開発地域を示した図。これだけの建物を根こそぎ解体するんですね。

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建設中のビルの近くに廃墟があるという組み合わせが最高すぎて、このような桜丘の道からビルを見上げた写真を何枚も撮ってしまいました。

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再開発対象区域には近代建築も含まれていました。1938年建設の「ジュネス順心」というアパート。

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モダンすぎる。失われるのが惜しい物件です。

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再開発完成後には同じアングルで撮れなさそうな写真。道路を廃止するという事は区画が変わるという事ですから。

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まるで第3新東京市

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ドトールだったもの。看板も外さずに静かに解体の時を待っていました。

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「21世紀のベンチャータウン」夢叶わず。

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2時間ほどウロつき、締めに歩道橋の上から再開発対象の建物をまとめて撮影。

10年ほど経ったら写真らと見比べてみようかなと思っています。


どんな街に生まれ変わるのか分かりませんが、完成が楽しみです。

【プラレール】回転広告塔

先日入手した古い情景部品の紹介と参ります。

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回転広告塔

1972年に発売され、いつの間にか姿を消しました。

駅や建物でも無ければそもそも鉄道施設ですらない、なんとも微妙な情景部品です。ただ、あると面白い事には間違いありません。

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開封で入手したものの、台紙が折れ曲り、広告そのものも既に外れていたので無慈悲に開封しました。

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初期状態で挿入されているプラレール(弁慶号)とトミカ(日産フェアレディZ)の広告の他に4枚が付属。3面あるスリットに自由に入れて遊ぶ(置くだけですが)といった感じです。

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台紙裏面の組立手順。

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そして組み立てた様子。広告の弁慶号と実物を並べてダイレクトマーケティング

車両が通過するとレバーを押し、その都度回転するという動きをします。下の動画を観ていただいた方が分かりやすいですね。

ガチャッ ビヨヨヨン ガチャッ ビヨヨヨン ガチャッ ビヨヨヨン ガチャッ ビヨヨヨン

他にレバーで動作する情景部品は「しんごうき」と「ひかりごうモノレールセット」のモノレール駅くらいでしょうか。動力を車両の運動に任せるなんともアナログな一品です。

【プラレール】ニューひかり号金型の運転台窓

今回は「ニューひかり号」の金型の話です。

1976年に初登場してから30年以上発売され続けたこの金型、もちろん更新や改修が入っているのですが、動力の変更やライト点灯などには直接関係のない運転席窓も改修されています。

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奥からニューひかり号(1976)・ライト付きひかり号初期型(1980)・同後期型(1980年代中期)。

今回注目するのは手前2つのライト付きなんですが、ニューひかり号が初出の金型であるために便宜上置いております。

運転台の側面にある2枚の窓、「ライト付き初期型」はほぼ同じ大きさのものが並んでいますが、手前の「後期型」では不揃いになっています。また、運転台屋根の静電アンテナも後期型では小型化されているのが分かると思います。

正直、注意深く見ていないと気づかないくらいの違いです。

実車0系新幹線でも1964〜1980年頃に製造された0・1000番台と、1981年以降に製造された2000番台で運転台窓の形状に違いがあるのですが、それを反映させた改修なんでしょうか。

非常にどうでもいい事ですが、気になります。

【プラレール】とうだいトンネル

1980年に発売され1年ちょいで姿を消した「ライト付えき」から4年経った1984年、再びプラレールの情景部品に光るモノが現れました。

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それが「とうだいトンネル」です。発売期間は1984〜86年。もちろん日本製。これまた知人からの預かりものです。知人、何者なのか。

1982年4月に発売された「いなかのトンネル」を流用し、灯台のギミックを組み込んだものになっています。当の「いなかのトンネル」(これまた激レア品です)を所有していないので比較が出来ないのが残念なところ。

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通常品より若干短く隆起の多いトンネルにサイズ感がガバガバな灯台と柵がついてます。下の青いステッカーは波を表したもの。この波は元々貼られているものではなく、自分で貼るタイプだったみたいです。

灯台小屋の屋根についている突起がスイッチになっています。

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電池は単三1本。スイッチを入れると一定間隔で点滅します。

灯台がカーブの内径側にあるので、エンドレスを組むと海洋を囲う環状線とかいうバケモンみたいな路線が出来てしまいますね。灯台を重視するとなると捻ったレイアウトを作る必要がありそうです。

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言わずもがなという感じですが、これも発売期間が短いために情報も少なければ出回る事も少ない激レア品となっています。ちなみに姉妹品の「いなかのトンネル」は一足早く1985年に絶版となりました。

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運転会レイアウトに置くものとしては良いアクセントになるのでは。

2019年

あけましておめでとうございます。



色々と一段落した(予定が全て終わっただけで明日からまた◯畜生活)ので、とりあえず新年のご挨拶という事で書いてます。



さて、書きたい事が溜まっているので時間があって余力もあったら記事を連投したいお気持ちであります。



本年もユルく書いていくつもりなので、よろしくお願いします。