オタクの雑記

オールジャンル・プラレール関連多め。誰も気にしないような事に注目するのが得意です。

凌雲閣〈浅草十二階〉の遺構を見に行ってきた

後半に自分なりの見解を含めます。

日曜日、いつものごとくツイッターを眺めていたら「浅草の工事現場から凌雲閣の基礎と思われるものが出土」とのツイートが回ってきました。
「凌雲閣!?破壊したはずでは...」となるわたくし。後述しますが、凌雲閣は実際に破壊されています。

www.tokyo-np.co.jp

10日の朝刊でも取り上げられました。どうやらマジモンの様子です。
記事曰く「調査員によると、文化財の扱いではなく、れんがの状態もあまりよくないことから、工事はこのまま進められそう。」
オイオイオイ壊されるわコイツ。近代建築好きとしては黙ってはいられないので、工事が再開されて完全に姿を消す前に見に行くことにしました。

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凌雲閣は1890年に浅草に建てられた八角形のレンガ作りのビルです。十二階建てだったので通称は「十二階」。上層階が展望台、その下は店舗というよくある高層ビルの先駆け的存在。高さは66.7メートルだったそうです。
東京23区で一番高い山で、景観が良いという事で有名だった愛宕山が標高23.5mなので、そう思うと当時の感覚からしたらズバ抜けて高い建物だったのでしょう。
大正の流行歌「パイノパイノパイ(東京節)」の2番に「活動 十二階 花やしき」と登場しているなど、東京名所になっていた事が伺えます。後年にはエレベーターが増設され、当時としては進んだ近代ビルでした。

そんな凌雲閣、1923年9月1日の関東大震災で倒壊してしまいます。レンガを60m以上も積み上げればそりゃ崩れますわな
諸事情で再建が断念され、同月23日には陸軍によって爆破解体されています。

凌雲閣については過去にも何度か調べていて、浅草に出かけたついでに記念碑を見に行く事も何度かしたのですが、地中に遺構が埋まっていたとは思いもよらず。

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さて、現場の写真。13日12時前の様子です。既出の写真では綺麗に多角形の面影が残っていましたが、すでに一辺は解体されていました。
ちょうど工事現場の昼休憩の時間だったので、じっくりと観察。出土した遺構の位置は浅草2丁目13番あたり。

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ほんのちょっと拡大。レンガの色が鮮やかです。これでも127年ほど前のもの。

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横付けされているトラックの荷台には壊されたレンガが積まれていました。

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上の写真の奥側に回って覗いてみました。ボロクズと化した日本初の西洋式高層建築。
横の建物下にもレンガが埋まってそうですね。他の建物の下は知るよしもありませんが、残っていたら良いな。

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当時の入り口あたりだと思われる場所には記念碑があります。

爆破解体後は綺麗に撤去されたものだと勝手に思い込んでいたので、このような形で日本初の高層ビルを目にする事ができて嬉しい限りです。

んで、位置的にも凌雲閣で間違いないと思うのですが、気になる点が出てきました。

ちょっと気になる点

凌雲閣、当時の写真を見たら分かるのですが、八角形そのままというわけではなく頂点から外側に飛び出た柱があります。

・・・今回見つかったのはその柱の基礎なのでは?

というわけで図にしてみます。

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浅草六区 : 興行と街の移り変り」に掲載の図を基に描画
綺麗な図にはなっていないので概念図程度なんですが、どうでしょうか。

[追記 2月15日]
www.tokyo-np.co.jp
記念碑が残されるみたいです。よかったよかった。